2010年09月06日

アルベルト・シュヴァイツァー(1875−1965)…フランス(ドイツ生誕)哲学者、神学者、オルガン奏者、医師

<時を味方に>

●捕虜生活:シュバイツアーの場合

アルベルト・シュバイツアーといえば、アフリカの黒人たちの病苦を医療で救った人物として知られる。だが、彼が医学の道を志したのは30歳になってからのことだ。アフリカに出発したのは、38歳のとき、1913年のこと。

だが、翌14年、第一次世界大戦が勃発。シュバイツアーは妻とともにドイツ人捕虜として自宅に軟禁され、医療活動は禁じられてしまった。最初の拘禁は、パリに住む友人たちの嘆願などにより3ヶ月で解かれたが、ヨーロッパの金持ちからの援助は徐々に途絶え、器具や薬品を病院に揃えるための借金は膨らんでいった。

債務返済のあてがないまま、今度はシュバイツアー夫妻にフランスの捕虜収容所に入るようにと命令が下る。以降、夫妻はあちこちの収容所を転々とさせられる。

収容所の中は、様々な病気が流行していた。精神的に弱った人々は食欲を失い、栄養失調に陥っただけでなく、軽い病気にかかっても、たちまち重症になってしまった。シュバイツアーも赤痢にかかり、長い間苦しみ続ける。

サンーレミでは、ゴッホの入っていた精神病院が収容所となっていた。居心地はたいへん悪く、滞在中の気候も厳しかった。シュバイツアーはここでしばしば熱を出し、疲労に苦しんで、手術を必要とするほどに衰弱してしまった。戦争が終わる頃には、体調はひどく悪く、負債ばかりが山積みで、生活費さえどうすればいいのかままならないという状況に陥っていた。



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●人生のポイント

捕虜になったシュバイツアーは、著作に専念する時間ができたので、本を読み、思索にふけった。キリスト教を信じ、愛を説く白人たちの間で戦争が起きるのはなぜか、と考えるうち、神秘主義研究をまとめようとしていた予定を変更して、現代文化の退廃について考えるようになった。

最初の拘禁を解かれてから、シュバイツアーは知人の治療のため、カバの群れが連なる川を船で進んでいた。突然、彼の頭の中に、「生命への畏敬」という言葉がひらめいた。生命を怖れ、敬うことこそが善、生命を傷つけ、その成長を妨げることを悪、とする「生命への畏敬」という考えこそ、倫理の根本法則だと思い至った。そしてこれは、人間の人間に対する関係だけでなく、すべての生きものに適用されるものだと考えた。これこそ人類に理想とエネルギーを与え、社会的にも精神的にも矛盾なく平和をもたらす根本的な考え方だと確信し、「生命への畏敬」は、シュバイツアーのモットーになった。

また、収容所でシュバイツアーは学者、商人、芸術家、銀行家、建築技師など、様々な国のあらゆる職業の人間と知り合い、専門家たちの話を聞いて、実地に役立つ知識を学んだ。第一次大戦が終わると、戦争で潤うスウェーデンの大僧正から、倫理に関する連続講演を依頼され、シュバイツアーのために講演と演奏会を手配し、本の出版を勧めた。このときの講演や出版物がもとで多くの人々がシュバイツアーの仕事を知り、援助を申し出た。

こうしてシュバイツアーは生涯を捧げるアフリカの地へ再び向かうことができたのである。



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●もし捕虜にならなければ

経営、建築、穀物栽培などの知識もないままろくな賃金も払わずアフリカの住民たちをこき使って病院の修復や開墾に乗り出し、白人至上主義的な思想を露骨に表に出すシュバイツアー、黒人たちからひどく反感を買う。赤痢が蔓延すると、よそ者白人シュバイツアーのしわざだという根も葉もない噂を立てられる。なにもかも諦めがちになって、現代人の精神的退廃を憂い、人類は退廃していく、という悲観的な考えをまき散らす。若き日のシュバイツアーの有能ぶりを見込んで支援をしていた人たちも、彼の生き方をばかげたものに思い始め、一人また一人と疎遠になり、金銭面も精神面もいたたまれなくなると、帰郷。結局晩年は昔取った杵柄、名高い神学者及びオルガン奏者として、家族とともに安逸に暮らし生涯を終える。
Albert Schweitzer.jpgハーマン・ハーゲドン著、原田義人訳『シュバイツァー伝』(白水社、1957)
小牧治、泉谷周三郎『シュバイツアー』(清水書院、1967)
シュヴァイツァー著、竹山道雄訳『わが生涯と思想より』(白水社、1995)
笠井惠二『シュヴァイツァーその生涯と思想』(新教出版社、1989)
寺村輝夫『アフリカのシュバイツァー』(童心社、1990)


posted by 73 at 14:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 捕虜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シュバイツァーが白人至上主義者だったとは意外でした・・・。時代の偏見だったのでしょうか・・・。
Posted by 根保孝栄・石塚邦男 at 2015年08月21日 00:24
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