2005年06月14日

魯迅(1881-1936)…中国/思想家

<落ちぶれ騙され罵られ>

●父早死に:魯迅の場合

病気がちで酒とアヘンを好んだ父を、魯迅は愛した。その愛ゆえに、魯迅はしょうもないものに多大かつムダなエネルギーを注いでしまった。

もともと魯迅は裕福な官僚地主の家に生まれた。ところが魯迅が12歳のとき、いつまでも国家試験に合格しない魯迅の父にいらだった中央高官の祖父が、試験官に賄賂を贈ろうとした。これが明るみになり、祖父は投獄されてしまう。祖父の刑が軽減されるようにと土地を売った魯迅一家は、まっさかさまのどん底生活に突入した。

この翌年、結核の父は国家試験どころではなく、喀血して床に伏した。一見、家族の疫病神のような父だが、息子にとってはマイペースで魅力的な読書家だったようだ。魯迅は父の病を治すため、質屋と薬屋に4年間 あまり、毎日のように通った。

かかりつけの有名な漢方医は、父親を治す薬の材料に「つがいのままのコウロギ」「3年霜にあたったサトウキビ」「冬の葦の根」など、手に入りにくいものばかりを必要だという。魯迅はその言に従い、材料を必死に探した。もちろん、こんな処方に効果はなく、父の病気は重くなる一方。

ついに父が死を迎えたとき、魯迅は16歳だった。葬儀や借金のため、家族の土地も財産もほとんど残らなかった。

が、妙なものを探しまくらされ続けた魯迅の中には、怒りが残った。彼は「ちっきしょー、あの時自分が3年霜にあたったサトウキビを見つけていれば……」などと自分を責めるほど、愚かではなかった。

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●人生のポイント

魯迅は自分がアホだったことを自覚した。そして自分だけでなく、自分の住む国、中国のアホさ加減にも目が向くようになった。

後に彼は「今でも中国では私と私の父、そしてあの医者のように、無知のために騙し騙され苦しんでいる人がいる」と記した。父の死により、漢方医が病人を食い物にし、薬屋と結託して金儲けをしていたことを気づいたのである。

さらに、魯迅は没落がもとで生じる世間の冷たさを味わった。彼は父のない弱みにつけ込まれ、「乞食」呼ばわりされ、「家のものを盗んで売る少年」と噂を立てられた。「強いが勝ち」、とする社会に起こりがちな現象だ。

封建的倫理のもとに弱い者イジメや、いわれのない嘘がまかり通ることに怒りを募らせた魯迅は、世俗の価値観にそむき、当時のエリートコースである科挙→官僚への道を棄てる。そして試行錯誤を重ねつつ、英語→ドイツ語→西洋医学→文学を学び、中国に存在する「馬々虎々(マーマーフーフー)」(欺瞞・虚偽を含むいい加減で不真面目な態度)と戦い続けることになる。

現在も中国では、「魯迅精神」「阿 Q 精神」などの言葉に魯迅の精神が反映され、馬々虎々との戦いが行われている。魯迅は日本に留学した頃、中国人は低脳児だとバカにされてしまう現状を冷静に眺めていたが、このままいくと、日本のほうがいい加減で不真面目な国になったりして。

それはいいとしても、漢方薬とかは、ちょっと残しておいて欲しい気がする。

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●もし父親が生きていたら

交尾中のコオロギを探すのに時間をとられながらも科挙の受験勉強をし、合格を重ねエリート街道まっしぐら。結局祖父と同じく中央官僚に着任するが、里帰りするたび故郷の紹興酒と魚料理に舌鼓。酒好きの父親と酌み交わしゴキゲンになったはいいが、酒で苦しんだ自分の過去をすっかり昔話と見なした父とともに、親子でアルコール中毒の道へと突き進む。ここで魯迅は若き日のコオロギ探しで培った柔軟かつねばり強い体力でピンチを脱し、アル中患者の希望の書『強靭日記』を出版。父親は上質なアヘンで危機を切り抜け、息子に負けじと『アヘン正伝』を記す。

父親がもっとずっと早く死んでいたら、ぬくぬくと地主の地位に安住していたかも。
魯迅.jpg
「地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」
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■プロフィール

本名は周樹人、筆名は数十あり。医学を志し、日本の仙台医専に学んだが、弱小民族として差別される経験を重ねるうち、文学に国民国家を創造する力を文学に見出す。文学研究・翻訳に転じた後、処女小説『狂人日記』を発表、半封建・半植民地の現実を暴いて中国に新しい手法の近代文学を切り拓く。「阿 Q 精神」なる語を生んだ『阿 Q 正伝』では、民族の典型として一農民を描いた。中国左翼作家聯盟の実質的指導者となってからも妥協を許さず、セクト主義や極左主義などと闘い続けた。この他、中国古典文学の研究・翻訳・木版画などの業績も大きい。彼の死後に生まれた言葉「魯迅精神」は、現在にいたるまで中華民族を励ます合言葉として使われている。

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■参考文献

「おがまんと魯迅」
http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/top1.html
片山 智行『魯迅−−阿Q中国の革命』中公新書(中央公論社、1996)


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