2005年07月15日

フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)…看護婦、病院改良家

<完璧なるもの以外は失敗>

●生涯独身:ナイチンゲールの場合

美しく裕福だったナイチンゲール、若い頃はかなりモテた。逆玉に乗りたいという下心からの奴も含め、言い寄られることは少なくなかったが、90年の生涯を最期まで独り身を貫いた。

ある男性からの9年間にわたる求婚の申し出を断った頃、彼女はノートに次のように記している。「立派な男性が求婚すれば、女性がそれを受諾しない理由はない、という考えにはまったく賛成できない。神の摂理もそうではないと思う。女性たちのうち、妻になるのが神の定めであるものもいるように、独り身でいるよう、明らかに定められているものもいる」「今年で30歳になる。キリストが伝道を始めた歳だ。もはや子供っぽいことは終わり。無駄なことも、恋も、結婚も。さあ、主よ、あなた様のご意志のみを考えさせてください」

31歳になると「死以外に望ましい将来を思い描いたことがなかった」と書き、ノートの100ページを使って家庭生活が虚偽に満ちており、結婚がばかげており、因習が虚しいことを綴った。後年には、J・S・ミル宛ての手紙で「結婚している女性が自分自身の財産を自由にする権利を持つまでは、愛も、正義も、存在し得ないでしょう」と記している。

なお、彼女は同性愛者だった、とする説もある。事実は判然としないが、いとこのマリアンヌ・ニコルスンについて、こう書き残していることは確かだ。「私が今日までの生涯で、真に情熱をもって愛した人はただ一人であり、それがあの女性だったのです」

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●人生のポイント

ナイチンゲールといえばクリミア戦争中の野戦病院での看護。そう思う人は多いだろうが、彼女が看護婦として活動した期間はたった3年あまりである。実際には、そこでの失敗に基づき、『看護覚書』をはじめとする約200の著作や書簡などを通じて取り組んだ病院改革の功績が大きい。彼女のデータに基づいた説得力ある調査報告は、かなりの影響力をもっていたのだ。

そもそもナイチンゲールが登場するまで、看護婦の仕事の実態は売春婦やホステスとたいして差のないものだった。看護婦の社会的地位は彼女の力によって飛躍的に向上したが、そのためには形式的なシステム改革だけでなく、男に隙を見せないためのアイデアが必要だったのである。

ナイチンゲール彼女にしてみれば、ベッドは色事の場などではなかった。病院に並ぶベッドは30代の彼女にとって看護の現場だった。人生の終盤50年は、体調不良のため彼女自身がベッドの上に寝たきり状態だったが、身を横たえながらもあちらこちらに指揮を出し、周囲を統率し続けた。

メモ魔、記録魔だったナイチンゲールは、著書だけでなく約1万2000通の書簡やノートに多数の名言を残している。「完璧なるもの以外は失敗」「あきらめなどという言葉は私の辞書にはない」「すべてを思いどおりに成し遂げるのでなければ、何もなさなかったのと同じ」……ともすれば相手との妥協を迫られる恋愛だの結婚だのを、彼女が人生から排除したのは当然かもしれない。

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●もし結婚していたら

主婦となったナイチンゲールは緻密に『掃除覚書』『育児覚書』『家計覚書』『料理覚書』『夫婦覚書』を記す。ほうきやおしめの取替え時期から寄付による度々の出費、夫婦生活の回数まで、数値化できるものはすべてグラフ化して文中に添付。さらには雑巾装着可能な掃除用、哺乳瓶付属の育児用、電卓とメモが常備できる家計用、一見エプロンにしか見えない料理用、一見ネグリジェにしか見えない夫婦用の制服を提案。著書はすべて主婦たちの愛読書となりベストセラー入りを果たすが、頭のてっぺんからつま先まですべて、妻の思うままに操られ続けた夫は、ある日突然姿を消し、『夫婦覚書』のみ中断。その後も夫の行方はわからずじまい。
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「自分が敗北者だということに気づかずにいることこそ、勝利への近道である」
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■ プロフィール

看護婦というだけでなく、看護学というジャンルを切り開いた開拓者。看護婦の制服を作ったことは、女性労働者の制服の先駆けにもなった(それまで女は仕事のために制服なんて着なかった)。文筆活動は盛んで書簡のほか約200の著作があり、その内容はイギリス陸軍の改革、看護、公衆衛生、衛生統計、インド問題、婦人問題など多岐にわたっている。また、複雑な統計資料を円グラフや棒グラフなどの図形であらわす、という現在ではよく見られる手法は、データを重視するナイチンゲールが説得力あるデータを記述する際に行ったのが最初といわれる。ただし、体裁上はなんの問題もない幸福かつ裕福な資産家に生まれ、30すぎまでブラブラしていた。

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■ 参考文献
エドワード・T・クック/中村妙子訳『ナイティンゲール : その生涯と思想T〜V』(時空出版、1993)
リットン・ストレイチー/橋口実訳『ナイティンゲール伝』岩波文庫(岩波書店、1993)
ポール・ラッセル/米塚 真治訳『ゲイ文化の主役たち : ソクラテスからシニョリレまで』(青土社、1997)
斎藤美奈子『紅一点論』ちくま文庫(筑摩書房、2001)
ヒュー・スモール/田中京子訳『ナイチンゲール 神話と真実』(みすず書房、2003)


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