2005年07月22日

ソクラテス(前470か46-前399)…古代ギリシア/哲学者

<善く生き、毒飲む>

●有罪:ソクラテスの場合

ソクラテスは裁判の結果、死刑に処された。

人々と哲学的対話を交わすことを仕事としたソクラテスは、有力者や美しい青少年を街角や体操場でいきなりとっつかまえて「勇気とは何か」「正義とは何か」などと質問攻めにし、相手の答えの矛盾を突いた。これはソクラテスが、知らないということを知っていること……「無知の知」を、すべての人間に悟らせようとしたため、らしい。普通、こういう迷惑なオジサンに出くわしたら、そっと逃げるのが得策だ。相手が「それはわからない」と、自分の無知を告白するまで、ソクラテスは延々と議論を展開した。そのやり方は、自らの無知を露呈された人々の怒りを買った。ま、当然だろう。

やがて彼は「アテネの若者の道徳を堕落させ、異端の教えを説いた」と訴えられた。裁判での彼は弁護人を断り「自分は教師として人々の役に立っており、むしろ誉めてほしいぐらいだ」などと、自ら無実を主張した。が、皮肉を含むソクラテスの供述はかえって反感を買い、2回目の裁判では死刑が宣告された。

監獄での彼は判決が出てからも、いつもと変わらず友人たちと面会し、哲学について語り合った。弟子のクリトンが脱獄できるようとりはからってくれたので、逃亡して他国へ亡命することもできたのに、彼はそうしなかった。最期の日、毒ニンジンの入ったコップを渡されたソクラテスは、アテネの法に従い、自らの意思でそれを飲み、死んだ。

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●人生のポイント

小学校の道徳の教科書には「ソクラテスは、死けいになりました。はんけつにしたがってどくにんじんをのんで死にました」という話が掲載されている。読んだ児童たちは、謎だらけの校則にも従うほかないと思いそうだが、実際のところ、この死刑エピソードこそ、彼が広くその名を知られる最大の理由である。

ソクラテスが自分で書いた本はひとつもないし、ゴーストライターを使ったこともない。が、彼の思想や言動は、時と場所を越えて多くの人に知られている。これは彼の死後、プラトンやクセノフォンなど、ソクラテスを敬愛していた者たちが記述を遺したためである。

もともと政治家を志していたプラトンがその道を断念し、執筆を始めたのは、祖国アテネが師ソクラテスを不当に処刑したことに衝撃を受けたことがきっかけとなっている。また、クセノフォンのソクラテスに関する記述も、この裁判に関わる内容に多くを割いている。つまり、この裁判やら処刑やらがなければ、ソクラテスについての資料は今よりはるかに少なかったのだ。

また、死ぬときまで「善く生きる」ことの追求にこだわった彼の冷静な態度は、哲学に転換と飛躍をもたらした。それまでギリシア哲学の主題は「宇宙の原理を問う」ことだった。が、自分の命と引き換えにでも「善く生きること」を追求する人間が現れたことで、初めて自己と自己の根拠への問いが哲学的主題となり、人間の内面へ目が向けられるようになったのである。

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●もし無罪になっていたら

すでに70過ぎのよぼよぼ爺さんとなったソクラテス、無罪判決で釈放されるも間もなく老衰死。生前の彼との討論で面目をつぶされた人たちはその死に狂喜し「タラコ唇でひしゃげた獅子鼻のデメキン禿げ男」「あいつが無罪でも妻は悪妻」など、亡きソクラテスへの誹謗中傷が炸裂。プラトンは政治家となりソクラテスについての記述はほとんど残らないが、「若い頃から度々幻聴を聞いてはいきなり立ち止まって1日中動かなくなり、毎日街角や体操場で美しい青少年をとっつかまえてやたらと長く話し込むブサイクじじい」……が、「実はけっこうマトモなこと考えてたみたい」「なんかリスペクトされてたっぽい」などの歪んだ伝説がほんのり語り継がれる。
sokrates.jpg
「世界を動かそうと思ったら、自分を動かすことから始めよ」
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■プロフィール

古代ギリシアの哲学者。自らの無知を自覚している「無知の知」の概念をはじめとする巧みな論法で周囲に一目置かれていたが、これを嫉む者も多かった。告発されたのも死刑判決も、ソクラテスに敵意を持つ者が多かったために生じたことである。訴えられたきっかけは、彼の弟子たちが政治権力を非合法的に奪い、独裁的支配者による統治を行おうとしたため。常日頃から「大切なのは単に生きることでなく、善く生きること」だと考えていたソクラテスにとって、判決を受けた後の言動は、その思想を表すほんの一端に過ぎない。とはいえ、彼が注目を集める最大の理由となったのも、彼の言動のうちもっとも広く知られているのも、死刑判決への対応である。

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■参考文献

田中美知太郎『ソクラテス』岩波新書(岩波書店、1957)


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