2005年08月09日

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)…ドイツ/思想家

<人間だというのは偏見>

●精神病:ニーチェの場合

「弱者や出来損ないどもは徹底的に没落すべきである。これがすなわち我々の人間愛の第一命題である」こう記したニーチェ、晩年は自らが精神の病に陥った。

1889年1月、ニーチェはトリノの街路上で倒れ、2日間昏睡を続けた。目覚めた彼は梅毒による精神錯乱が発症して、町をさまよいながらむやみに歌い、通行人に近づいては「私は神だ。こんな姿に変装しているのだ」と自己紹介。もはや彼でなくなってしまった彼から「アリアドネ、私はあなたを愛する。ディオニソスより」というラブレターらしき文書を受け取ったのは、作曲家ワーグナーの未亡人、コジマだった。下はその内容。

「私が人間だというのは偏見です。(中略)私は人間が経験できるすべてのことを、卑小なことから最高のことまで知ってはいます。しかし、私はインドでは仏陀でしたし、ギリシアでは、ディオニュソスでした。――アレクサンダーとシーザーは私の化身です。最後にはヴォルテールとナポレオンでもありました。ひょっとしたらリヒャルト・ワーグナーであったかもしれません。(中略)私は十字架にもかかったことがあります」

記された言葉は誇大妄想的で矛盾だらけで分裂病者の書いたものにしか見えないけれども、超人的かつ超越論的でとってもニーチェらしい。結局、発狂から死までの11年間、彼は著作も会話もできず、それまで得たことのないほど自分への名声が高まってゆくのもわからぬまま、死を迎えた。

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●人生のポイント

発症の直前に完成した『この人を見よ』の中で、ニーチェは「なぜ私はこれほど賢いのか」と自己讃美を書き連ね、自らの正常さを必要以上に強調している。これらは来るべき状態をひどく意識した冗談のようにも見える。

「ある医者は、私をかなり長い間神経症患者扱いをしていたが、しまいにこう言った。『いや! あなたの神経は何ともない。私の神経が心配症だったのです』と。私の体のどこかが部分的に弱いなどということはまったく指摘できない」「私にはどんな病的傾向もない。人々が私という人間の中に狂信性の傾向を捜しても無駄である。私の生のどの瞬間を取り上げても、そこに何らかの思い上がった、大げさな態度を指摘することはできまい」

彼の精神錯乱の原因は、若い頃に遊んだ売春婦から梅毒菌を移されたため、とする説が有力である。29歳頃からすでに症状は始まっていたようだ。極端に悪化した35歳の時、ニーチェは死を覚悟し、この年を「わが生涯の最も暗い冬」と呼んだ。

頭痛、嘔吐、めまいは年を重ねるに伴い激しくなり、視力も急速に減退して、発狂した44歳からは完全な進行麻痺(梅毒感染後、長い潜伏期間を経て起こる脳疾患。痴呆症状を示し、手足が痙攣、体が麻痺し、人格が完全に崩壊して死に到る)となったようだ。無邪気な欲望や感情を賛美したニーチェ。晩年の姿はその思想を完全に体現しただけなのではないか? という恐怖感を呼ぶところが、この人の魅力のひとつ、なのかも。

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●もし精神病にならなければ

口を開けば既成の道徳や近代の学問、宗教、政治を批判しながら老いてゆくニーチェ、やがて意味を持つもののすべてがバカバカしく感じられるようになり、意味も目的も根拠もなくただその日その日を欲望に任せて幼子のようにはしゃいで暮らすようになる。晩年のお気に入りであるビゼー「カルメン」をオルガン演奏しては踊りまくり、街で動物が通るたびに抱きつく。その姿はとうとう彼はボケてしまったのかという周囲からの誤解を生むが、作曲家ヨハン・シュトラウスと交わり、合唱隊を加えて「ツァラトゥストラ」を共同発表して名誉挽回。妹エリザベートと顔をあわせるたび「ユダヤ人差別はおかしい」「教会での葬儀はよせ、やるならせめて寺にしろ」「俺の書いたものを改竄するな」などと告げ、最期は老衰死。
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「もはや誇りをもって生きることができないときには、誇らしげに死ぬべきである」
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■プロフィール

キルケゴールと並ぶ実存哲学の先駆者。現代思想全般に多大な影響を与え、生涯を通じてキリスト教の破壊的攻撃者だったが、父母ともに代々牧師の家系である。ニーチェほどに思い切った自己讃美をする哲学者も珍しく、「私は人間ではない。私はダイナマイトだ」という彼の『ツァラトゥストラ』にどんなに感動した人でも、「私は、私の『ツァラトゥストラ』を一目のぞき込むだけで、こみあげるすすり泣きの発作を抑えることができなくて、半時間というもの部屋の中をあちこちする」という著者自身のそれには及ばないだろう。力への意志、ニヒリズム、超人、永劫回帰といった思想は陶酔を招きやすく、死後、これらはナチズムに利用された。

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■参考文献

永井均『これがニーチェだ』(講談社、1998)
ニーチェ/手塚富雄訳『この人を見よ』岩波クラシックス ; 12(岩波書店、1982)
ニーチェ/手塚富雄編『世界の名著. 第46』(中央公論社、1966)


posted by 73 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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