2005年09月06日

ウィンストン・チャーチル(1874-1965)…イギリス/政治家

<大逆転>

●受験失敗:チャーチルの場合

チャーチルはハロー校在学中に2度、士官学校の受験に失敗した。

そもそも彼が名門パブリック・スクール(全寮制の特権的私立中等学校)ハロー校に合格できたのからして、蔵相を務めた父ランドルフの息子を学校側が拒めなかったから、というのが定説だ。入試のラテン語では、「1問も解答できず、ただ答案用紙にインクをこぼしただけ」だったのだから。

入学後はラテン語を免除される劣等組に入れられたチャーチルだが、父に促され、陸軍志望者向けの特別クラスに入る。ここもハロー校の他の学生から「劣等生の天国」と呼ばれるクラスで、彼の成績は停滞したままだった。士官学校から2度も不合格の通知を受けたチャーチルはロンドンの予備校に送られ、ようやく陸軍師範学校騎兵科に合格する。

が、点数が低かったため、父の希望する歩兵科でなく、騎兵科にまわされた。騎兵科は成績不良の者、格下の軍人への道というだけでなく、学費も歩兵科よりずいぶん高くついた。

そんなわけで、チャーチルから騎兵科合格の知らせを受けた父は落胆し、怒った。今と同じような怠惰で無益な生活を止めなければ、「みすぼらしくて不幸で無益な生活に転落してしまうことと確信している」と息子をひどく叱責した。すでに梅毒にかかっていた父は、間もなく廃人のようになり、2年後、息子の活躍を予想できぬまま亡くなった。

当時は確かに彼だけでなく、まわりの誰もがチャーチルを単なるバカだと思っていた。

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●人生のポイント

予備校通いの直前、チャーチルは鬼ごっこをして橋から10mほど転落。2日間意識不明となり、破裂した腎臓を治療するため、2ヶ月を病床で過ごした。ロンドンの自宅で療養しつつ、自宅に食事に招かれた父の友人である政治家たちに顔をあわせ、下院を傍聴して議会闘争を目撃し、政治面の刺激を受けた。

この数ヵ月後、スイスを旅行したチャーチルは、湖で小さなボートから飛び降りた。強い風にあおられたボートは、必死に泳ぐ彼の手から離れた。死の危険を感じながらも、すんでのところで助かった彼は、後にこの体験を短編小説として発表した。

陸軍学校入校前の短い期間に、立て続けに死を意識する事件を起こしたことは、傍目にはただのアホな行動でも、チャーチルを絶体絶命の状況に屈せぬ男にした。成人し戦場に出てからも、彼は意図的に危険に身を晒し、勇敢な人物という名声を得ようと努め、そのいくつかは見事に成功した。

1899年、ボーア軍の捕虜となったチャーチルは、不可能に近い脱走を遂げた。彼の帰還は熱烈な歓迎で迎えられ、「捕虜収容所から脱出した英雄」という肩書きと、選挙費用となる著書印税と講演収入が生まれた。保守党下院議員にすんなり当選した彼は、25歳の若さですでに、他の候補者の応援演説をしてまわるほどの人気を得ていた。

その後も「大ピンチ→大逆転」は、失敗の多い彼の切り札となった。没落し政治を離れた後に首相となり、負け戦に米ソを巻き込んで勝利した。

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●もし最初から合格していたら

おもちゃの兵隊遊びが大好きだったチャーチル、陸軍師範学校を優秀な成績で卒業すると、偉大なる父がすっかり梅毒病みで廃人同様の尊敬できない姿になっているのを目の当たりにする。これを機に、父を通じてちょっぴり憧れていた政界への興味が失せ、貴族階級が政治家として大成する必須条件のオックスフォードもケンブリッジも出てない自分が政治の道を目指したところでたかが知れてる、せいぜい軍人として生きるのが関の山、と自らに言い聞かせる。間もなく己の文才に気づき従軍記者となる。本来話し好きの彼だが、「s」の発音が苦手なため、予定外のことを人前でしゃべるのがだんだん億劫になり、自宅に閉じこもって作家として大成。ノーベル文学賞はやっぱり受賞。
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