2005年10月04日

リヒャルト・ワーグナー(1813-83)…ドイツ/作曲家

<多才?>

●亡命:ワーグナーの場合

内容より音楽重視なオペラを否定し、独自の理論に基づく「楽劇」なるものを産んだワーグナー。彼は作曲家のくせに、ドレスデン革命で大奮闘した。

彼の活躍は、革命参加を促すビラの制作・配布、手榴弾製作工場での労働、王政主義者側の動向視察(といっても実際は教会の塔での見張り)etc…幸か不幸か、人を操る曲ベストテンとかやったら必ずランクインするであろう自分の曲を革命には利用しなかった。

彼の革命熱は、社会主義的な思想以上に、実生活の不満から生じていた。当時宮廷劇場の指揮者だった彼は、給与の増額を要求し、拒絶された。その頃、議会に宮廷劇場への補助金停止が提案されたのだ。

官憲や支配階級の芸術に対する無理解に腹を立てたワーグナーは、芸術を暇つぶしの娯楽としか考えない有産階級、芸術を鑑賞する時間的経済的余裕のない無産労働階級、いずれも問題視した。で、「現状を変え『人間社会の芸術的秩序』を完成させるには、革命!」と考える。人間社会の芸術的秩序……具体的にはよくわからないが、魅力的な響きだ。

が、革命は失敗に終わった。

共和党でも民主党でもないのに派手に動いた彼は、首謀グループの一員と見なされ、「国家反逆罪」の逮捕令状が出る。が、大金や偽の旅券を手配し、辛くも逃亡した彼、スイスで11年間の亡命生活に。

ちなみに彼と同時期の令状で逮捕された者は、ほぼ皆死刑。惜しい、ここで奴が死んでたら……ってユダヤ人も多いだろう。

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●人生のポイント

この亡命がワーグナーを西洋音楽至上、比類ない存在に押しやった。

亡命中に記した芸術論により打ち立てた「総合芸術」理論に基づき、彼は「楽劇」(彼自身はこの名を嫌がったが、一般的な定義は「ワーグナーとその後継者の作品」)を構想した。この「楽劇」は音楽という一要素を最優先させるのでなく、劇自体が究極の表現目的となるよう、音楽、文学、舞踊、絵画、建築などあらゆる芸術が統一、融合すべきだとした。

「楽劇」実現のため、作曲専業の世界に、彼は映画監督的手法を持ち込んだ。自作の台本を自ら執筆し、演技や衣装の指導、劇場建築すべてに指示を出し、「総合芸術」理論に基づいて『ニーベルングの指輪』が完成した。12時間を4晩で演じるこの大作の規模は未だに超えられていない。

随筆「音楽におけるユダヤ性」も、亡命中に発表されたものだ。ワーグナーが「自分が嫌いな人を誰でもユダヤ人とした」といわれるほど支離滅裂な反ユダヤ思想を語るこの文章も、彼の曲も、後にヒトラーが寵愛。ナチスが彼の曲を党歌代わりに扱う最大の理由となる。

なお、ワーグナーの父親がユダヤ人である可能性はわりと高く、彼のユダヤ人への反発はかなり個人的な事情による。彼は当時、ユダヤ系作曲家と敵対し、ユダヤ人の高利貸しから借金の取立てに苦しめられていた。おそらくはそんなバカバカしい理由が発端で、現在もイスラエルで彼の「楽劇」を上演するのはとっても難しい。

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●もし亡命していなければ

依頼もないのにビスマルクを讃え『皇帝行進曲』を作曲した際、身元が割れ、「社会主義者が宰相をナメた曲」と楽譜は焚書扱い、逮捕令状再発行。窮地に陥るワーグナー、ルードウィッヒ国王により救出され、インテリア凝りまくりの超贅沢な隠れ屋生活。謎に包まれた作曲家と国王との怪しい関係は風刺画にされ、やおい本の草分けに。その後も匿名で作曲&脚本執筆を続けるが、作者不明のド派手な舞台を観た者は、曲と台本を同じ人間が作ったと気づかぬまま「長すぎ」「金かけすぎ」「死を美化しすぎ」「古い神話を蒸し返した小難しいストーリーで曲が台無し」などと噂する。哲学界では「完璧!」「台本は見事、曲は不要」その他、評は分裂。
wagner.jpg


posted by 73 at 23:59| Comment(7) | TrackBack(1) | 亡命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど、ユダヤの血を引くことへの裏返しの感情でしょうか?
たいしたことではないのですが、逮捕令状が逮捕礼状になっているのが気になります。
Posted by しゅん at 2006年05月08日 11:14
しゅんさん

「逮捕令状が逮捕礼状」
→ご指摘どうもありがとうございます。修正いたしました。

「ユダヤの血を引く」
→研究者によって意見は分かれるところですが、「50%以上、可能性アリ」だと私は考えています。
Posted by 73 at 2006年05月08日 12:32
>「ユダヤの血を引く」
>→研究者によって意見は分かれるところですが、「50%以上、可能性アリ」だと私は考えています。

で、その「ユダヤの血を引く」彼があれほどまでにユダヤ人を攻撃する理由ですが、これはあくまでも推測の域を出ませんが、自らの出自を隠蔽しようとするためにあえてこうした反ユダヤ主義的思想を唱えた、と考えるのはいかがでしょうか?

自らの暗い過去をひたすら隠蔽しようする―松本清張原作『砂の器』の和賀英良にも似ているような気がします。
Posted by Brunnhilde at 2006年06月21日 23:11
Brunnhildeさん

興味深いご意見ありがとうございます。お名前からしてかなりのワグネリアンの方のようなので、畏れ多いです。

>自らの出自を隠蔽しようとするために

うーん、あり得るとは思います。私は母親の不貞を潜在的に疎ましがる気持ちがユダヤ人攻撃につながったのかなあという気もしています。理由はひとつには定められないかもしれませんが、いずれにしてもかなり個人的な感情によるものだと思います。
Posted by 73 at 2006年06月24日 14:47
こんばんは。

>お名前からしてかなりのワグネリアンの方のようなので、畏れ多い

いえいえ、とんでもありません。正真正銘のワグネリアンなら、ワーグナーの作品は全て好きでしょう。しかし、私は『トリスタンとイゾルデ』と『さまよえるオランダ人』が大嫌いなのです。ですから私にはワグネリアンを名乗る資格はないと思います。もっとも『指輪』と『マイスタージンガー』は大好きですが。

そんなどうでもいいことはともかくとして、本題に入ります。

>私は母親の不貞を潜在的に疎ましがる気持ちがユダヤ人攻撃につながったのかなあという気もしています。

これは初めてお聞きするお話です。

ちょっとネタそのもは他のサイトの内容を拝借したものなので恐縮ですが、「父親=ユダヤ人説」の説明として挙げられているのは、彼の父親という人物が、実父にして演劇好きでリヒャルトの生後6ヶ月目に世を去ったフリードリヒ・ワーグナー(1770-1813)のことではなく、継父にしてフリードリヒの友人であり俳優でもあるガイアー(1779-1821)のことだというものです。実父説が濃厚であり、リヒャルト自身も、彼が実父ではないか、ユダヤ人ではないかと疑っていたそうです。

「母親の不貞」があったということなら、リヒャルトは、彼の母親(何という名前か存じませんが)が、実父フリードリヒの存命中に継父ガイアーとの不倫によって生まれた子、ということになるのでしょうか?

また、そのこととユダヤ人攻撃につながる「線」が見あたらないのですが。どうして母親の不貞を疎む感情がユダヤ人攻撃に結び付くのでしょうか?

また、その情報はどこから入手されたのですか?

もっとも彼の後の人生における不倫歴(マチルデ・ヴェーゼンドンク、コージマ・フォン・ビューロー)を考えると、その遺伝子は母親から受け継いだものだ、ということも言えなくはなさそうですね。

Posted by Brunnhilde at 2006年07月10日 01:01
Brunnhildeさん

ご意見及びご質問、どうもありがとうございます。

>「母親の不貞」があったということなら、リヒャルトは、彼の母親(何という名前か存じませんが)が、実父フリードリヒの存命中に継父ガイアーとの不倫によって生まれた子、ということになるのでしょうか?

この可能性について記述した書物は多数あります。すぐに取り出せる一例として『日本大百科全書』(小学館)の該当個所を以下に引用しておきますね。

(引用ここから)

父フリードリヒはワーグナー誕生後6か月で死亡し、以前から親交があった俳優・詩人・画家を兼ねたガイヤーに保護を受け、やがて母がガイヤーと再婚し、またワーグナー自身が一時ガイヤー姓を名のったところから、ガイヤーを実父とする説もある。

(引用ここまで)

浮気の遺伝というのは、うーん、ありえなくもないかも? ちなみにですが、ワーグナーについて調べる際、私は渡辺護氏の書いたものを頼りにすることが多いです。

>私は母親の不貞を潜在的に疎ましがる気持ちがユダヤ人攻撃につながったのかなあという気もしています。

これについてはどこかから入手した情報をもとに、というのではなく、私的な経験に基づいた意見です。文末で個人的見解であることをほのめかしたつもりですが、誤解を招く表現でしたら申し訳ありません。

(ユダヤ人であるガイヤー(ガイアー)が宮廷劇場で働いていたことがワーグナーの楽才を花開かせたきっかけにもなっていますから、ワーグナーのガイヤーに対する心理的葛藤を追求するのはとても面白いテーマだとは思います。が、論理的な説明を具体的にここで行うことはやや時間を要するうえ、本題とずれたところでさらに誤解を招きそうなので、「そう考える人もいるのか」くらいに受け止めてもらえればありがたく思います。)

ところで、ワグネリアンではないとおっしゃいますが、やはり作品にはお詳しそうですね。私は『マイスタージンガー』のストーリーと、特に前奏曲が好きです。ちょっと典型的過ぎるかもしれないけどワルキューレもいいなあと。
Posted by 73 at 2006年07月10日 09:20
こんばんは。早速コメントを頂戴致しまして、ありがとうございます。

>私的な経験に基づいた意見です。
>「そう考える人もいるのか」くらいに受け止めてもらえればありがたく思います。

なるほど、そういうことでしたか。分かりました。

>私は『マイスタージンガー』のストーリーと、特に前奏曲が好きです。ちょっと典型的過ぎるかもしれないけどワルキューレもいいなあと。

私も同感です。男ヤモメのハンス・ザックスがエヴァにちょっぴり思いを寄せ、しかし若いヴァルターに譲って愛を諦める。人生のほろ苦さが程よく効いた喜劇だと思います。

ワルキューレもいいですね。最後の「ヴォータンの告別」など、父親と明日嫁に行く娘が別れを告げているようで、小津安二郎ばりの名シーンに思わず涙を溜めて観入ってしまいました。

別名「3N」(長い、ネクラ、難解)とも呼ばれているワーグナーの作品にしては、いずれも感動しました。

ところで私がどうしてこのように執拗に(?)ワーグナーの反ユダヤ主義的思想の源流とも言える、ユダヤ人嫌いになった原因をお伺いしているか、と言いますと、つい先週の日曜まで、Yahoo!グループ(旧メーリングリスト)の「クラシック倶楽部」(ここではbrunnhilde2006と名乗っています)と、私のmixi日記に、次の様なタイトルの14回の連載投稿を行っていたからなのです。

それは、
『ワーグナー・コード――ワーグナーは、指輪に、何を仕組んだのか』です。(って、タイトルは例の有名なあの小説のパクリです……(^^ゞ)

途中までは自分の考えなども織り交ぜて書いていたのですが、偶然、ネットで次のような著書があることを知り、購入して読み始めると、これこそまさに『ワーグナー・コード』の名にふさわしいものだと思えてきました。そしていかに自分が書いたものが幼稚だったか、と、今ではこのような連載を掲載してしまったことさえ恥ずかしく思えます。この本はまだ途中までしか読んでおらず、暇を見つけては夢中で読んでいます。

それは、
『ワーグナーのヒトラー 「ユダヤ」に取り憑かれた預言者と執行者』(ヨアヒム・ケーラー著/橘正樹訳/三交社/原書タイトル:“Wagners Hitler” by Joachim Köhler)です。

http://www.sanko-sha.com/sankosha/editorial/books/items/141-8.html

ただ、残念なのは、この著書には彼の出生の部分における記述がなく、ユダヤ人嫌いになったのは、専ら、本文にお書きになられていることとされているため、何か「出生の秘密」があったのではないか、と思ったからなのです。

これまでいろいろなコメントを頂戴し、誠にありがとうございました。

Posted by Brunnhilde at 2006年07月10日 23:14
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